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2008年02月08日
歌丸・木久扇 落語会
一昨日の夜は、無事に落語会へ行ってまいりました。
何故無事に?って、ばーちゃんのぎっくり腰という想定外のアクシデントがあったのでね、
実際に無事観劇できるかどうか、ちょいと不安があったのです。
文化会館ってのは古い建物ですから当然最初のハートビル法が施行される前の建物、
ま、しかし、公益性の高い建物なので、かなり改築してあるかな?と思っていたのですが・・・
実際は・・・・・ですねぇ・・・文化会館に限った事ではないのですが、高山のいたるところ、
以前御紹介したまちさんぽのminiさんが嘆くのも無理はないと思いました。
しかしながら、ばーちゃんを降ろして車椅子に乗せ、奥へ車を停めに行こうとする私に、
「ええからここに停めねぇよ」と車椅子用駐車場を開放してくれた係員さん、
2Fフロアからの入場と車椅子の観劇を許可してくれた関係者の皆さん、
おかげさまでばーちゃんも落語を楽しむことができました。
ありがとうございます。
さて、落語会場内で写真を撮るわけにもいきませんので御紹介できるのはこれ
「木久蔵ラーメン」
木久ちゃんプロデュースのラーメンなんだそうで、
公演記念に販売しておりました。
早めに会場に着いたので、
ばーちゃんと一緒に食べてきましたよ、
お味は・・・・・
木久ちゃん御本人がおっしゃるとおり、
特に美味くもなければ不味くもなし・・・
当日の演目を御紹介しておきましょう。
・開口一番 木久扇の若いお弟子さん 林家ひろ木 「転失気」
・歌丸のお弟子さん 桂 花丸 創作?落語~若旦那噺の改作かもしれません。
キリスト教に入信しちゃった若旦那を、真宗門徒のおとっつあんが戒める噺。
オチにアラーの神様が出てきました(爆
・桂 歌丸 「尻餅」
・・・・・中入り・・・・・
・木久扇 木久蔵 襲名披露口上
・林家木久蔵 「権助魚」
・林家木久扇 「林家彦六伝」・・・彦六師匠の思い出話
私、「きくおう」の「おう」は「翁」だと思い込んでいましたが「扇」の間違いでした。すみません。
トリの木久扇は古典をやらず、この漫談調の師匠の思い出噺になりましたが、これは昔からの得意ネタでして、何と言っても木久扇さんはこの師匠彦六(八代目正蔵)の物まねでバカ売れした人ですから、既に彼の中では古典に近いのでしょう。久々に聴いて爆笑しました。
しかし、彦六が亡くなって既に20数年、故人の生前を知らないと面白さは半減かもしれません。
でもないかな?全ての方が彦六を知っているとは思えなかったけど、会場は爆笑の渦でしたから・・
御本尊様を知らなくても充分笑いに導ける、これが本当の芸なのでしょうね。
何故無事に?って、ばーちゃんのぎっくり腰という想定外のアクシデントがあったのでね、
実際に無事観劇できるかどうか、ちょいと不安があったのです。
文化会館ってのは古い建物ですから当然最初のハートビル法が施行される前の建物、
ま、しかし、公益性の高い建物なので、かなり改築してあるかな?と思っていたのですが・・・
実際は・・・・・ですねぇ・・・文化会館に限った事ではないのですが、高山のいたるところ、
以前御紹介したまちさんぽのminiさんが嘆くのも無理はないと思いました。
しかしながら、ばーちゃんを降ろして車椅子に乗せ、奥へ車を停めに行こうとする私に、
「ええからここに停めねぇよ」と車椅子用駐車場を開放してくれた係員さん、
2Fフロアからの入場と車椅子の観劇を許可してくれた関係者の皆さん、
おかげさまでばーちゃんも落語を楽しむことができました。
ありがとうございます。
さて、落語会場内で写真を撮るわけにもいきませんので御紹介できるのはこれ
「木久蔵ラーメン」

公演記念に販売しておりました。
早めに会場に着いたので、
ばーちゃんと一緒に食べてきましたよ、
お味は・・・・・
木久ちゃん御本人がおっしゃるとおり、
特に美味くもなければ不味くもなし・・・

当日の演目を御紹介しておきましょう。
・開口一番 木久扇の若いお弟子さん 林家ひろ木 「転失気」
・歌丸のお弟子さん 桂 花丸 創作?落語~若旦那噺の改作かもしれません。
キリスト教に入信しちゃった若旦那を、真宗門徒のおとっつあんが戒める噺。
オチにアラーの神様が出てきました(爆
・桂 歌丸 「尻餅」
・・・・・中入り・・・・・
・木久扇 木久蔵 襲名披露口上
・林家木久蔵 「権助魚」
・林家木久扇 「林家彦六伝」・・・彦六師匠の思い出話
私、「きくおう」の「おう」は「翁」だと思い込んでいましたが「扇」の間違いでした。すみません。
トリの木久扇は古典をやらず、この漫談調の師匠の思い出噺になりましたが、これは昔からの得意ネタでして、何と言っても木久扇さんはこの師匠彦六(八代目正蔵)の物まねでバカ売れした人ですから、既に彼の中では古典に近いのでしょう。久々に聴いて爆笑しました。
しかし、彦六が亡くなって既に20数年、故人の生前を知らないと面白さは半減かもしれません。
でもないかな?全ての方が彦六を知っているとは思えなかったけど、会場は爆笑の渦でしたから・・
御本尊様を知らなくても充分笑いに導ける、これが本当の芸なのでしょうね。
2007年12月12日
落語のツボ
落語オタのマニアックな話に付き合わされて迷惑している皆様、おはようございます
ネギに話が飛んで安心していらした方々、ご愁傷様でございます。
20年ぶりってこともありましてね、語りだすとなかなか止まらないのですよ、あきらめてくださいね
さてさて、ドラマ「ちりとてちん」を見ていますと、
脚本の隅々まで落語が浸透していて笑ってしまいます。
台詞やエピソードのひとコマひとコマが、そのまま落語に出てくるシーンの断片なのです。
ドラマをそのまま見ていても充分面白いのですが、
落語の予備知識をもって見ると、また楽しさ倍増ですよ。
例えば・・・
居酒屋「寝床」で熊さんが演じたライブは、落語の「寝床」のストーリーそのまま。
四草のバイト先で中国語が飛び交う中華料理店「延陽伯」は、
江戸落語では「たらちね」で演じられる噺。
公家に奉公していた女中さんを嫁にもらったところ、
言葉が難しすぎてわからないって噺なんですが、
どうやら話が通じないことへの比喩のようです。
登場人物の名前も落語の中の有名人物が多いですよ。
熊さん、お咲さん、喜ぃこうはよく聞くところだと思いますが、
コアなところでは、「寝床」の常連客、仏壇屋の菊江さん。
これは古い上方落語「菊江の仏壇」からの出典でしょう。
また、総領弟子の役で出ている「桂吉弥」という方は、
きっとお名前からしても立ち居振る舞いからしても、本物の噺家さんなんでしょうね。
私が落語を聞いていた時にはまだいらっしゃらなかった方なんで想像なんですが・・・
噺家の名前というものは大体において師匠から一文字いただくことが多いです。
当時、米朝のお弟子さんに吉朝という方がいましたので、
きっとこの方から「吉」の一字をいただいたお弟子さんなんじゃないかとふんでいるんです。
米朝からみると孫弟子ですね。
また、落語指導ということで、劇中でもある師匠役で出演していた林家染丸という噺家さんですが、
林家染丸という名前、私が上方落語にはまっていた頃は、
先代が無くなってこの大名蹟は途絶えておりました。
先代染丸のお弟子さんだった小染は、当時、文珍、八方、きん枝と並んで
「ザ・パンダ」なる若手四天王みたいなのを結成して活躍しており、
タレント業のみならず噺の芸もしっかりしていていましたので、
この人がいずれ染丸を継ぐんだろうと思っていました。
ところが残念なことに、酒が元で若死にしてしまいましてね・・・
この小染の弟弟子に染二という方が居ましたので、
多分この方が4代目染丸を襲名したのかな?なんて思ってみています。
若い頃のお顔と今のお顔がなかなか結びつかないので確信はないのですが・・・
落語にはこんなふうに噺を聴くだけでなく落語の周辺全体を楽しめる、
そんな奥深いところがあって本当に楽しいのです。
えっ?マニアックですって?そうですね・・・
ちょっとハマリ過ぎますね・・・
語れば何ぼでも出てきますが、そろそろこの辺にしておきましょうかね・・・


ネギに話が飛んで安心していらした方々、ご愁傷様でございます。

20年ぶりってこともありましてね、語りだすとなかなか止まらないのですよ、あきらめてくださいね

さてさて、ドラマ「ちりとてちん」を見ていますと、
脚本の隅々まで落語が浸透していて笑ってしまいます。
台詞やエピソードのひとコマひとコマが、そのまま落語に出てくるシーンの断片なのです。
ドラマをそのまま見ていても充分面白いのですが、
落語の予備知識をもって見ると、また楽しさ倍増ですよ。
例えば・・・
居酒屋「寝床」で熊さんが演じたライブは、落語の「寝床」のストーリーそのまま。
四草のバイト先で中国語が飛び交う中華料理店「延陽伯」は、
江戸落語では「たらちね」で演じられる噺。
公家に奉公していた女中さんを嫁にもらったところ、
言葉が難しすぎてわからないって噺なんですが、
どうやら話が通じないことへの比喩のようです。
登場人物の名前も落語の中の有名人物が多いですよ。
熊さん、お咲さん、喜ぃこうはよく聞くところだと思いますが、
コアなところでは、「寝床」の常連客、仏壇屋の菊江さん。
これは古い上方落語「菊江の仏壇」からの出典でしょう。
また、総領弟子の役で出ている「桂吉弥」という方は、
きっとお名前からしても立ち居振る舞いからしても、本物の噺家さんなんでしょうね。
私が落語を聞いていた時にはまだいらっしゃらなかった方なんで想像なんですが・・・
噺家の名前というものは大体において師匠から一文字いただくことが多いです。
当時、米朝のお弟子さんに吉朝という方がいましたので、
きっとこの方から「吉」の一字をいただいたお弟子さんなんじゃないかとふんでいるんです。
米朝からみると孫弟子ですね。
また、落語指導ということで、劇中でもある師匠役で出演していた林家染丸という噺家さんですが、
林家染丸という名前、私が上方落語にはまっていた頃は、
先代が無くなってこの大名蹟は途絶えておりました。
先代染丸のお弟子さんだった小染は、当時、文珍、八方、きん枝と並んで
「ザ・パンダ」なる若手四天王みたいなのを結成して活躍しており、
タレント業のみならず噺の芸もしっかりしていていましたので、
この人がいずれ染丸を継ぐんだろうと思っていました。
ところが残念なことに、酒が元で若死にしてしまいましてね・・・
この小染の弟弟子に染二という方が居ましたので、
多分この方が4代目染丸を襲名したのかな?なんて思ってみています。
若い頃のお顔と今のお顔がなかなか結びつかないので確信はないのですが・・・
落語にはこんなふうに噺を聴くだけでなく落語の周辺全体を楽しめる、
そんな奥深いところがあって本当に楽しいのです。
えっ?マニアックですって?そうですね・・・
ちょっとハマリ過ぎますね・・・
語れば何ぼでも出てきますが、そろそろこの辺にしておきましょうかね・・・


2007年12月09日
80's落語界事情
20数年ぶりに落語のことを思い出しながら書いていますが、
どうにも記憶がアヤフヤで、結構間違ったこと書いているかもしれません。
前回書いた木久ちゃんの「ソ連の金魚」の下りですが、間違いだったかも・・・
これは赤ん坊に対する比喩ではなく、与太郎が初めて鯛を見たときの台詞だったかも・・・
噺は何だったか思い出せないのですが・・・
時に間違った記述があるかもしれませんが、
趣味の範囲でのお遊びだと思ってどうぞ見逃してください。
私が落語にはまっていた1970年代後半から80年代中期の時分と申しますと、
↑言い回しが落語調になってる
東京では既に志ん生、円生の大名跡が亡くなり、
談志、円楽、志ん朝、柳朝が四天王と呼ばれていて油の乗り切った頃でした。
大御所では彦六(正蔵)、小さん、馬楽が健在、
若手では小朝、楽太郎あたりが売れっ子、
円鏡(円蔵)やさん平も大人気でしたが、
若くてトンガッテいた私は、「古典をちゃんとやらなくっちゃぁね」何て、
生意気なこと言ってました。
大阪の方では松鶴、米朝、小文枝(文枝)、春団治が四天王、
東京の四天王より少し上の世代のこの4人は芸風貫禄どれをとっても素晴らしく、
私はどちらかというと江戸落語よりこちらの上方落語により惹かれておりました。
それにその当時の江戸落語界、ちょっと揉め事が多かったんですよ。
円生一門が落語協会から脱退して騒ぎになっていたし、
談志は才気走り過ぎてハネちゃってたし、
油の乗り切ってる馬生が早世しちゃったり・・・
それに比べて上方の方は、一時他のお笑いに押されて絶えかけていた落語の火が、
これら四天王の努力で活気を取り戻し、
三枝、仁鶴、はお茶の間の人気者、
文珍、鶴光などもテレビ・ラジオで人気が出て、とても充実しておりました。
そうそう、この当時鶴瓶も東海ラジオのDJをやっておりまして、
名古屋では中々人気があったんですよ。
結局、あまり落語はやらないで今に至っているようですけどね・・・
だいたいにおいて、東京のように寄席の中では特別扱いの落語と違い、
大阪では漫才や喜劇としのぎを削り客の笑いをとらなければなりません。
江戸落語と上方落語を比べると、総じて上方落語のほうがにぎやかな演出になります。
江戸落語通の方からみれば、これが「クサクて粋じゃない」と映るのでしょうが、
名古屋在住ではなっから粋には縁のない私にとって、
上方落語はとてもとっつきやすく楽しいものでした。
もちろん江戸落語も大好きでしたが、
円生一門の語り口はともすれば田舎モノの私にとってキザで鼻に付いてしまいどうも聞き辛い・・・
言葉の響きというのは好みも文化の違いもあって、なかなか難しいものだと思いました。

どうにも記憶がアヤフヤで、結構間違ったこと書いているかもしれません。
前回書いた木久ちゃんの「ソ連の金魚」の下りですが、間違いだったかも・・・
これは赤ん坊に対する比喩ではなく、与太郎が初めて鯛を見たときの台詞だったかも・・・
噺は何だったか思い出せないのですが・・・
時に間違った記述があるかもしれませんが、
趣味の範囲でのお遊びだと思ってどうぞ見逃してください。

私が落語にはまっていた1970年代後半から80年代中期の時分と申しますと、
↑言い回しが落語調になってる

東京では既に志ん生、円生の大名跡が亡くなり、
談志、円楽、志ん朝、柳朝が四天王と呼ばれていて油の乗り切った頃でした。
大御所では彦六(正蔵)、小さん、馬楽が健在、
若手では小朝、楽太郎あたりが売れっ子、
円鏡(円蔵)やさん平も大人気でしたが、
若くてトンガッテいた私は、「古典をちゃんとやらなくっちゃぁね」何て、
生意気なこと言ってました。
大阪の方では松鶴、米朝、小文枝(文枝)、春団治が四天王、
東京の四天王より少し上の世代のこの4人は芸風貫禄どれをとっても素晴らしく、
私はどちらかというと江戸落語よりこちらの上方落語により惹かれておりました。
それにその当時の江戸落語界、ちょっと揉め事が多かったんですよ。
円生一門が落語協会から脱退して騒ぎになっていたし、
談志は才気走り過ぎてハネちゃってたし、
油の乗り切ってる馬生が早世しちゃったり・・・
それに比べて上方の方は、一時他のお笑いに押されて絶えかけていた落語の火が、
これら四天王の努力で活気を取り戻し、
三枝、仁鶴、はお茶の間の人気者、
文珍、鶴光などもテレビ・ラジオで人気が出て、とても充実しておりました。
そうそう、この当時鶴瓶も東海ラジオのDJをやっておりまして、
名古屋では中々人気があったんですよ。
結局、あまり落語はやらないで今に至っているようですけどね・・・
だいたいにおいて、東京のように寄席の中では特別扱いの落語と違い、
大阪では漫才や喜劇としのぎを削り客の笑いをとらなければなりません。
江戸落語と上方落語を比べると、総じて上方落語のほうがにぎやかな演出になります。
江戸落語通の方からみれば、これが「クサクて粋じゃない」と映るのでしょうが、
名古屋在住ではなっから粋には縁のない私にとって、
上方落語はとてもとっつきやすく楽しいものでした。
もちろん江戸落語も大好きでしたが、
円生一門の語り口はともすれば田舎モノの私にとってキザで鼻に付いてしまいどうも聞き辛い・・・
言葉の響きというのは好みも文化の違いもあって、なかなか難しいものだと思いました。

2007年12月08日
「ちりとてちん」VS「酢豆腐」
もともと「ちりとてちん」というのは三味線のフレーズを表す言い回し、
「ちんとんしゃん」なんかと同じです。
あ、三味線について詳しいことは私に聞かないでくださいね!
まかゆれ師匠に突っ込まれるかも・・・コワいよぉ~
では何故三味線の音が落語の演題になったのか、それは「ちりとてちん」という噺の本体に盛り込まれていますが、ドラマの中では割愛されていたようです。
~~~いやなヤツ(竹)に腐った豆腐を食べさせようと細工をしたものの、さて、長崎土産と称して騙すのであれば、何か名前をつけねば・・・と悩んでいたところ、隣の部屋から娘の弾く三味線の音が聞こえてきたため、思いつきで「ちりとてちん」と名付けた~~~
これが由来であります。
上方の有名な古典落語であり、江戸落語でも「酢豆腐」の演目で演じられているメジャーな噺です。
この噺、いやなヤツに腐った豆腐を食べさせるという展開は東西同じで、それを食べるシーンでは「目ピリ鼻ツン」で笑わせますが、登場人物や落とし方は上方と江戸でずいぶん違っています。
上方の原型はストレートです。知ったかぶりの竹に旦さんが「どや?どんな味や?」と聞くと、
竹が「丁度、豆腐の腐ったような味ですわぁ!
」と下げます。
江戸落語ではキザで嫌味な若旦那を近所の若い衆がこらしめてやろうという趣向になっていて、
「若旦那、そんなにおつなら、遠慮せずにたんとおあがんなさい。」
「いやぁ~、酢豆腐は一口にかぎりやす・・・
」と下げる。
このように東西両方で演じられている噺の違いを聞き比べるのは落語の楽しみの一つです。
また演者によって変化するくすぐりも落語の醍醐味。
江戸落語の「二番煎じ」という落語には、しし鍋を囲むシーンがでてきますが、ここでネギの煮え方に文句をいう下りはモロに演じ手の好みがでるようで、
「ネギはもっとちゃんと煮なくちゃぁだめじゃあねぇか・・半煮えだってぇと芯のところがピュッと飛び出して口ん中を火傷すらぁ」なんて演出があるかと思うと、
「ネギはね、そんなにクタクタに煮ちゃっちゃあだめですよ!赤ん坊の食べもんじゃぁあるまいし・・・」なんてのもあって思わず笑わせます。
爆笑ものでは「子ほめ」で「赤ん坊が何故こんなに赤いのか?」といぶかる時の台詞。
木久蔵(現木久翁)が「ソ連の金魚か?」と鼻垂らした与太郎風に演じていたかと思えば、
朝丸(現ざこば)は「茹でたんか!?」と無茶者風に叫んでおりまして、この「茹でたのかい?」ってのは上方のスタンダードスタイルなんですが、朝丸や枝雀のアナーキーなオーバーアクションは、ブラック大好きな私のツボにかなりはまりました。
しかしこのようなくすぐりも、時代と共に変えていかないと何言ってるんだかわからなくなっちゃいますよね。
ソビエト連邦が解体した今、「ソ連の金魚か?」では通じないでしょう。
もし木久翁が今この噺演じるとしたら、どのような演出になるのでしょうか?

こちらは角川文庫の落語全集
同時はいつも、こんな文庫本持ち歩いておりました
「ちんとんしゃん」なんかと同じです。
あ、三味線について詳しいことは私に聞かないでくださいね!
まかゆれ師匠に突っ込まれるかも・・・コワいよぉ~

では何故三味線の音が落語の演題になったのか、それは「ちりとてちん」という噺の本体に盛り込まれていますが、ドラマの中では割愛されていたようです。
~~~いやなヤツ(竹)に腐った豆腐を食べさせようと細工をしたものの、さて、長崎土産と称して騙すのであれば、何か名前をつけねば・・・と悩んでいたところ、隣の部屋から娘の弾く三味線の音が聞こえてきたため、思いつきで「ちりとてちん」と名付けた~~~
これが由来であります。
上方の有名な古典落語であり、江戸落語でも「酢豆腐」の演目で演じられているメジャーな噺です。
この噺、いやなヤツに腐った豆腐を食べさせるという展開は東西同じで、それを食べるシーンでは「目ピリ鼻ツン」で笑わせますが、登場人物や落とし方は上方と江戸でずいぶん違っています。
上方の原型はストレートです。知ったかぶりの竹に旦さんが「どや?どんな味や?」と聞くと、
竹が「丁度、豆腐の腐ったような味ですわぁ!

江戸落語ではキザで嫌味な若旦那を近所の若い衆がこらしめてやろうという趣向になっていて、
「若旦那、そんなにおつなら、遠慮せずにたんとおあがんなさい。」
「いやぁ~、酢豆腐は一口にかぎりやす・・・

このように東西両方で演じられている噺の違いを聞き比べるのは落語の楽しみの一つです。
また演者によって変化するくすぐりも落語の醍醐味。
江戸落語の「二番煎じ」という落語には、しし鍋を囲むシーンがでてきますが、ここでネギの煮え方に文句をいう下りはモロに演じ手の好みがでるようで、
「ネギはもっとちゃんと煮なくちゃぁだめじゃあねぇか・・半煮えだってぇと芯のところがピュッと飛び出して口ん中を火傷すらぁ」なんて演出があるかと思うと、
「ネギはね、そんなにクタクタに煮ちゃっちゃあだめですよ!赤ん坊の食べもんじゃぁあるまいし・・・」なんてのもあって思わず笑わせます。
爆笑ものでは「子ほめ」で「赤ん坊が何故こんなに赤いのか?」といぶかる時の台詞。
木久蔵(現木久翁)が「ソ連の金魚か?」と鼻垂らした与太郎風に演じていたかと思えば、
朝丸(現ざこば)は「茹でたんか!?」と無茶者風に叫んでおりまして、この「茹でたのかい?」ってのは上方のスタンダードスタイルなんですが、朝丸や枝雀のアナーキーなオーバーアクションは、ブラック大好きな私のツボにかなりはまりました。
しかしこのようなくすぐりも、時代と共に変えていかないと何言ってるんだかわからなくなっちゃいますよね。
ソビエト連邦が解体した今、「ソ連の金魚か?」では通じないでしょう。
もし木久翁が今この噺演じるとしたら、どのような演出になるのでしょうか?

こちらは角川文庫の落語全集
同時はいつも、こんな文庫本持ち歩いておりました

2007年12月07日
落語再燃
皆様へのお礼状もまだ途中ですが、ごめんなさい、なんか辛気臭くって、みなさんに御心配と迷惑かけちゃったみたいですね
まだまだお礼の言葉は尽きませんし、コメント寄せてくださったり励ましてくださったのに御挨拶申し上げていない方も多いのですが、またみなさんのブログにお邪魔して御挨拶させていただくことといたしまして、そろそろ私本来の馬鹿話に戻ろうと思うのです。
先日コバさんとかんちゃんが落語会へ行かれたそうですね。
私も行ってみたかったけど、このところ立て続けにライブなんぞ楽しみましたから、平日の夜はちょいとお出かけするのがためらわれました。小遊三さんのような一流どころが出演されるなんて思ってもいなかった!行きたかったなぁ~・・・
実は私、落語にハマった時期がありました。
20歳頃から7~8年くらいの間でしょうか・・・
いろいろありまして、落語から一切身を引いて20年程経ちますが、
最近また聞きたいなぁなんて思いだしたのであります。
きっかけは母を迎えに高知へ行っていた時、付きっぱなしのテレビから流れてきたNHKの朝の連ドラ「ちりとてちん」でした。
久々に落語の事を思い出し、当時集めた書籍・テープなどひっくり返してみようかな?そう思っているところであります。

本棚から引っ張り出してきた講談社文庫の落語全集
読んでいると20年ぶりに生の噺が聞こえてくるような気がします。
最近不調な私でしたが、ストレス発散に、しばらく落語の話を書こうと思いますので、お暇な方はのぞきにいらしてくださいね

まだまだお礼の言葉は尽きませんし、コメント寄せてくださったり励ましてくださったのに御挨拶申し上げていない方も多いのですが、またみなさんのブログにお邪魔して御挨拶させていただくことといたしまして、そろそろ私本来の馬鹿話に戻ろうと思うのです。
先日コバさんとかんちゃんが落語会へ行かれたそうですね。
私も行ってみたかったけど、このところ立て続けにライブなんぞ楽しみましたから、平日の夜はちょいとお出かけするのがためらわれました。小遊三さんのような一流どころが出演されるなんて思ってもいなかった!行きたかったなぁ~・・・
実は私、落語にハマった時期がありました。
20歳頃から7~8年くらいの間でしょうか・・・
いろいろありまして、落語から一切身を引いて20年程経ちますが、
最近また聞きたいなぁなんて思いだしたのであります。
きっかけは母を迎えに高知へ行っていた時、付きっぱなしのテレビから流れてきたNHKの朝の連ドラ「ちりとてちん」でした。
久々に落語の事を思い出し、当時集めた書籍・テープなどひっくり返してみようかな?そう思っているところであります。

本棚から引っ張り出してきた講談社文庫の落語全集
読んでいると20年ぶりに生の噺が聞こえてくるような気がします。
最近不調な私でしたが、ストレス発散に、しばらく落語の話を書こうと思いますので、お暇な方はのぞきにいらしてくださいね
タグ :落語